中尾 幸世 / 女優、朗読家

中尾 幸世

バックミラーの中のあなたは、消え去るまでいつもこうべを深く垂れていた。 こんな美しいことを人にされるのは初めてだったので、つい心をそこに置き忘れ、一度前の車にぶつかった。 美しい口元からは、月の光りのようなの言の葉が流れる。 しかし当然、意味不明。それは浮き世を彷徨う笹舟ではない。 一粒一粒の言葉は妖精の安らかな寝息?のようだ。 その忘れがたい色調は残り香のように心にとどまり、やがて目覚めるであう。 そしていつの日か、世にも珍しい見事な開花の時を迎える。 そのお心は、夕べの安息の鐘の音のような慈愛の香りにみちていた。 夕日の落ち行く先にまで鳴りわたるその響きは、あなたはこの世の中にだけはいないのだと私に 教えた。 ならば、その声の由来する母なる御国に讃歌の柱を、私は立てよう。 いつの日にか、夕闇のなかにそへの巡礼の路を見失わないために、さまよえる魂が永遠の安息をえるその御許へ、参内しうるためにも。